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伊藤幸久の妄想特急

彫刻家、伊藤幸久の日々と妄想の物語。

第3章「Meerkat」

第1節「元カリスマ、急遽バイトの面接。」

これまで特にお金に困ったこともなく、
末っ子のため周りが手を焼いてくれることも多い、
とても自立して生きてきたとは言えない。

そんな桜子にとってアルバイトを始めることは一大決心。
アルバイトを始めるにはまずは見た目からと、求人誌を見るより先に髪を切ることにした。


髪を切るための美容院は、これまで通っていた姉と同じ美容院ではなく、
自分で探した美容院だ。
店の名前は『Meerkat』古い民家を改装した雰囲気のある店だ。
個人経営のようで店内では美容師と思われる女性が一人いるだけ、
どうも最近できた店のようである。
「新しいスタートを切るにはもってこいの店」そう感じた桜子はこの店で髪を切ることに決めた。

いざ店に入ろうした時、ガラスの内側から外に向けて貼られた張り紙が目に入った。
「アルバイト募集 時給800円 土日祝日のみ」そのあまりに簡潔なチラシを見たとたん、
桜子は急に動悸がしだして、背中がこわばった。

桜子は気を沈めるように、ガラス越しに伺える中の様子を外側からゆっくり見回し、
「今日のところはやめにしよう。」心の中でそうつぶやきながらひとまず帰宅の途についた。



翌日の学校帰り、桜子は再び「Meerkat」に向かった。店に着き、扉の前でひと呼吸おいて心の中でこう繰り返した。「今日は髪を切るだけ…今日は髪をきるだけ…」そして、意を決して店の中に入った。

「いらっしゃいませ。」

店員の女性が桜子に挨拶をした。

「さあ、こちらにどうぞ。」
「あっ、はい。」

桜子は鏡の前に座るよう促された。
他のお客さんはいないようだ。

「今日はどのようにしますか?」
「あの…カットだけお願いします。」

桜子は下を向いたまま答えた。

「どのくらい切りましょうか?」
「えっと…肩くらいまで…」

桜子は下を向いたまま答えた。

「前髪はどうしますか?」
「えっ……あの…お任せします。」

「はい、わかりました。」

桜子は少し顔を上げ店員の顔を鏡越しに覗いた。
店員は優しい顔をしていた。
桜子は少し安心して顔を上げた。



「あっ、あの‥。」
「はい?」

「このお店‥なんでミーアキャットっていうんですか?」
「ああ、話せば長いんだけど、簡単に言えば飼っている猫の名前がミーアって言うから、それでね。別にたいした意味はないのよ。」

「そうなんですか…。どんな猫なんですか?」
「ほらそこに居るわよ。」

店員はそう言うと、ハサミの先で桜子の足下を指した。
いつの間にこんなところに!桜子はミーアと目が合った。

ミーアは桜子と目が合うと、口をあんぐりあくびして、流し目で桜子を見ながらゆっくりその場を立ち去った。
どうもなめられているみたいだ。

「ごめんね、愛想がなくて。」
「あ…いえ。」

そもそも美容院に猫が居るっていうのは有りなのだろうか?別に飲食店じゃないから良いのかな?でも猫アレルギーの人とか来たら良くないんじゃ、せめて店内に猫が居ますという注意書を店の外に書くべき何じゃ。考え過ぎかな…。そんなことを考えながら、桜子はしばらく小難しい顔をしていた。

「大丈夫?なんだか難しい顔してたけど。」
「あっ、はい。」
桜子ははと我に返った。



「あ、あの…。」
「ん?」

「…アルバイト募集してるんですか?」
「ああ、張り紙を見たのね。」

「あの…、アルバイトの仕事って何をやるんですか?」
「ああ、このお店私一人でやってるでしょ。だから平日はまだ良いんだけど、休日はさすがに一人じゃ大変で。せめて会計とか掃除とか雑用をやってくれる子がいたら良いなと思ってね。」

「そうですか‥」
「なに?あなたアルバイトしたいの?」

「あっ、あの…今探していて。」
「そう…じゃあ、このまま面接してみる?」

「えっ…」
「それとも髪切ったあとにする?」

この人は話の展開が早過ぎる、桜子は焦った。

「あの…履歴書とかっていらないんですか?」
「ああ、うん。とりあえずいいわ。」

「そうですか…それじゃあ………髪切ったあとで…。」
「わかった、じゃあ早く切り終えちゃいましょう。」

その後美容師はカットに集中し、口を動かさず手際よく仕事を進めた。
一方、桜子は鏡越しに美容師の顔を覗きながら、志望動機とか志望動機なんかを無理くり考えていた。

「私立に通いだしたから学費の足しに…自分の小遣いくらいは自分で稼ごうと思って…少し社会に出て自立に繋げようと…etc.」桜子から鏡越しに見える美容師の顔は
なんだか少し嬉しそうだった。


カット後、桜子は店の奥にある
小さな事務所に通された。

「これに座って。」
「あっ…はい。」

桜子は差し出されたパイプ椅子にこしかけた。
元カリスマ、急遽バイトの面接。

「そういえばまだお名前聞いてなかったわね。」
「あ…福富桜子です。」

「そう、私は前田薫子。よろしくね。」
「はい…よろしくお願いします。」

「それじゃあ年はいくつ?」
「15歳です。」

「15歳?高校生ってそんなに若かったっけ?まあ別に良いか。
それじゃあなんでアルバイトがしたいの?」

「ええと…あの…学費を稼がないといけなくて…。」

なんだか随分短くなってしまった。


「そう…そうなの…大変ね…。」

おや?どうした、この人涙ぐんでる。

「お家…大変なのね…。」

わあ!?このひと絶対勘違いしてる!!

「あの、そうじゃなくて、別に家が貧乏だとかそういうんでは。」
「良いの!そんな気を使わなくても。わかったわ、あなた採用!!頑張りなさいよ!」

「えっ!? あっ、はい!」

このようにして桜子の初バイトは決まった。



店を出たとき、時刻はまだ20時を少し廻った位だった。店に入ってから1時間ちょっとしか経っていない、もっと長かった気がする。桜子には体験したことが無いくらい濃厚な時間だった。

桜子は店を出て外側から店をゆっくりと見回し、
面接の後すぐに薫子が剥がしたアルバイト募集の張り紙の跡を見つめていた。
「これからここで働くのかぁ」なんとも不思議な気分だった。

そのあと入り口の近くに別の張り紙があるのに気がついた。

「店内には猫がいます。」



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